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東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)85号 判決

原告

高達倉庫有限会社

右代表者代表取締役

丸山幸輔

右訴訟代理人弁護士

松井道夫

被告

建設大臣 五十嵐広三

右指定代理人

山田知司

藤崎清

金井甲

山元光次郎

酒井信一

鞍馬博志

金子政平

水野雅光

長瀬英之

小菅健三郎

浅野敬広

城戸克明

高橋広幸

被告

新潟県収用委員会

右代表者会長

坂井煕一

右指定代理人

渡辺紳一郎

小池芳平

岡村光郎

理由

二 そこで、本件処分の法適合性について検討する。

1  本件事業の法二〇条三号該当性について

(一)  ある事業計画が、法二〇条三号にいう土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであるか否かは、起業地をその計画に係る事業の用に供することによって得られる公共の利益と、右土地をその事業の用に供することによって失われる公共的又は私的利益とを比較衡量し、前者が後者に優越するといえるかどうかによって判断すべきであり、右比較衡量をするについては、その事業計画の内容、事業計画の達成によってもたらされるべき公共の利益、事業計画において収用の対象とされている土地の状況等の諸要素を総合して考慮すべきである。

(二)  保倉川改修工事の事業目的及び事業内容

(1)  被告建設大臣が、昭和六二年三月に、関川水系関川の支川である保倉川について、以下の内容の工事実施基本計画(六二年計画)を策定したことは、当事者間に争いがない。

〈1〉 関川水系関川の支川である保倉川の計画高水流量は、昭和四六年に策定された関川水系工事実施基本計画(四六年計画)において、毎秒一九〇〇トンと定められており、これを流下させる方法として、四六年計画においては、保倉川の松本付近から日本海に向けて新たに掘削する予定の松本放水路に毎秒一九〇〇トン全量を流下させる案(放水路案)が採用されたが、六二年計画においては、これを改め、松本放水路には、保倉川の計画高水流量毎秒一九〇〇トン全量ではなく、そのうちの毎秒七〇〇トンのみを分派して流下させることとし、右分派点から関川に合流する地点までの保倉川の計画高水流量(前記計画高水流量毎秒一九〇〇トンから放水路に分派した毎秒七〇〇トンを控除した流量に、放水路より下流にある戸野目川から保倉川へ流出する流量を加えたもの)を毎秒一三〇〇トンと定め、これを保倉川の河道を拡幅して流下させることとした(放水路・現川拡幅併用案)。

〈2〉 保倉川が合流した後の関川の河口部における計画高水流量を毎秒四六〇〇トンとした。

(2)  〔証拠略〕によれば、本件事業は、六二年計画に基づくものであること(原告は、本件事業が、六二年計画に基づくものはない旨主張するが、この主張については、後に検討する。)、保倉川改修工事に係る部分の本件事業の目的は、後記(3)の内容の河川改修工事を行うことによって、六二年計画に定められた保倉川の計画高水流量毎秒一九〇〇トン及び保倉川本川に配分された流量毎秒一三〇〇トンの流下を図り、将来洪水が生じた場合の越水による災害を防止し、流域の住民の生命及び財産の安全を図ることであることが認められる。

(3)  〔証拠略〕によれば、本件事業における保倉川の改修工事は、六二年計画において定められた保倉川本川の配分量毎秒一三〇〇トンの流下を図るため、関川との合流地点から上流に向けて左岸、右岸とも延長一五一〇メートルの区間に築提、護岸、河床の掘削整正工事を施工するものであって、右工事のうち、築提は、右計画高水流量毎秒一三〇〇トンに対応できる完成断面で施工し、掘削は、保倉川本川の流下能力を考慮して、暫定的に、保倉川本川の流下能力を、毎秒三五〇トンから昭和六〇年七月の洪水の最大流量である毎秒五八〇トン(戸野目川合流点より関川合流点までは毎秒六二〇トン)まで引き上げることを目標として、毎秒五八〇トン(戸野目川合流点より関川合流点までは毎秒六二〇トン)に対応した断面で工事を施工するものであることが認められる。

原告は、本件工事の内容について、保倉川下流部右岸を埋め立てて土盛りし堤防を拡幅する一方、同左岸の本件土地等の収用予定地に、右埋立幅員相当分の河道を拡幅するものである旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、本件工事においては、保倉川の右岸を堤防築提等の目的で埋め立てたことが認められるものの、保倉川左岸に右埋立幅員相当分の河道を拡幅した事実を認めるに足りる証拠はない(〔証拠略〕の各陳述は、この事実のあったことを述べるものの如くであるが、何ら根拠のない憶測に過ぎず、到底採用の限りではない。)から、原告の右主張は理由がない。

(4)  〔証拠略〕によれば、本件事業計画に定められた保倉川の改修工事には、その他に、飯田川との合流点の下流における放水路の新設工事、内水の被害が著しい地域における内水対策の実施、適正な河川環境の保全と利用を図るための工事が含まれていること、関川、保倉川の下流部には、上越市街地を中心とした人家等約七二〇〇戸、農地等約七二〇ヘクタール、学校、病院及びJR西日本北陸本線、JR東日本信越本線、一般国道八号線、同三五〇号線、県道大港直江津線、同大潟上越線、同三つ屋中央線等の公共施設が存在し、右保倉川の改修工事を含む本件事業計画の達成によって、同地域の住民の生命、財産及びこれらの公共施設を水害から守り、住民の水害に対する精神的不安を解消するなどの公共の利益がもたらされることが認められる。

(5)  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

保倉川の改修工事の内容を決定するにあたっては、六二年計画に定められた計画高水流量毎秒一九〇〇トンを流下させる方法として、次の三案が検討された。

〈1〉 計画高水流量毎秒一九〇〇トン全量を、保倉川と飯田川の合流点から関川合流点に至る保倉川の延長三・二キロメートルの区間の河道拡幅により処理する現川拡幅案

〈2〉 計画高水流量毎秒一九〇〇トン全量を、新規に開削する放水路で処理する放水路案

〈3〉 新たに開削する放水路で毎秒七〇〇トンを分派し、分流点から下流の保倉川については、河道拡幅により毎秒一三〇〇トンの流量を確保する放水路・現川拡幅併用案(六二年計画における放水路・現川拡幅併用案と同じ。)

右三案のうち、〈1〉案は、事業の施行にあたり支障となる建物が三案の中で最も多く、社会的影響が大きいので妥当でなく、〈2〉案と〈3〉案とでは、〈3〉案の方が、放水路が完成するまでの間も洪水に対する治水安全度を確率三〇分の一にまで高めるという事業効果を発揮することができ、かつ、事業の施行のために移転すべき家屋の数が三案中で最も少ないので、〈2〉案よりも妥当であるとの判断がされた。その結果、〈3〉案が本件事業計画に採用された。

(6)  〔証拠略〕によれば、本件事業計画のうちの保倉川の河道計画における堤防の法線(河海工学において、堤防、護岸、低水路、防波堤等、線状に配置される構造物の位置を平面上に定めた線)は、保倉川の上流及び下流の法線形、橋梁等の構造物、右岸及び左岸における土地利用の状況等を検討したうえ、地域に与える影響を最小限とするために、保倉川右岸に沿って建ち並ぶ建物を避けて設定されたものであり、右河道計画は、計画高水流量毎秒一三〇〇トンを流下させるために、技術的に可能な限りで、河幅を必要最小限に狭く設定したものであることが認められ、以上の事実によれば、保倉川の改修工事のために収用される本件土地その他の起業地内の土地は、保倉川改修工事のために必要最小限の事業用地であるということができる。

(三)  本件事業の遂行により原告その他の起業地内の土地の所有者又は関係人の受ける不利益は、土地に関する所有権等の権利の消滅であることは、弁論の全趣旨から明らかである。一方、右(二)(5)及び(6)の事実から明らかなように、本件起業地は、本件事業の目的達成のための諸条件を十分考慮して選定された、本件事業の適地であり、かつ、本件事業のために必要な土地として最小限の範囲のものということができる。

(四)  以上の事実に照らせば、本件起業地を本件事業の用に供することによって得られる関川水系下流部の住民の生命及び財産の安全等の公共の利益は、同起業地を本件事業の用に供することによって失われる原告ら地権者の土地所有権等の権利より優越すると認められるから、本件事業計画は法二〇条三号に該当するものというべきである。

(五)  原告は、本件土地が新潟県上越市直江津に所在する市街地であり(当事者間に争いがない。)、営業用地としての利用に適するものであるから治水安全度確率一〇〇分の一という過大な事業目的の実現のために堤防敷として使用することは、本件土地の適正かつ合理的な利用に寄与するとはいえないと主張する。

しかしながら、本件事業が目的とする六二年計画で定められた保倉川の治水安全度確率一〇〇分の一は、適切な方法により定められた目的であり、過大とはいえないことは、後記のとおりである。そして、右(四)のとおり、本件事業の達成によりもたらされる関川水系下流部の住民の生命及び財産の安全という公共の利益は、本件土地に対する原告の所有権よりも優越するというべきであり、本件土地が営業用地としての利用に適するものであるということによって、原告の本件土地に対する所有権が、右公益に優越するということにはならない。したがって、原告の右主張は失当である。

2  本件事業の法二〇条四号該当性について

(一)  本件事業の目的を達成する必要性

(1)  〔証拠略〕によれば、関川及びその支川である保倉川下流部において、昭和四〇年九月、同四四年八月、同五六年八月、同五七年九月及び同六〇年七月に大規模な洪水が発生したこと、これらの洪水により、保倉川下流部の住民が、床上浸水等の被害を被ったことが認められる。原告も、乙第一四号証の一ないし七が昭和六〇年七月の洪水の状況を撮影した写真であるかどうかはともかくとして、このようなことのあったこと自体は争わないものと考えられる。もっとも、原告代表者は、その本人尋問において、昭和六〇年七月の洪水によって原告居住地付近においては、何ら災害が発生していないとか、これまでおよそ洪水被害を受けたことはないとか述べるが、前掲証拠に照らし、採用できない。

そして、〔証拠略〕によれば、保倉川の本件処分に係る区間は、本件事業が行われるまでの間、無堤又は暫定堤防の状態であったこと、このため、既住最大洪水流量に匹敵するような大規模な洪水に見舞われた場合には越水の危険性が極めて高かったことが認められる。

(2)  以上の事実に照らせば、少なくとも、本件処分当時、保倉川下流部について、将来の洪水による災害を防止するため、築堤等の河川改修工事を行う必要性があったことが明にかである。

(二)  六二年計画における保倉川の計画高水流量について

1(二)(2)において認定したとおり、本件事業は六二年計画において定められた保倉川の計画高水流量の流下を図ることを目的するものであるところ、原告は、保倉川の計画高水流量毎秒一九〇〇トンの設定は過大であり、科学的根拠を欠くから、本件事業には公益上の必要性がないと主張するので、検討する。

(1)  〔証拠略〕を総合すると、次の(2)及び(3)の事実が認められる。

(2)〈1〉  河川の治水計画は、通常、河川の重要度に応じて整備の安全度を定め、その安全度に応じた年超過確率の計画降雨量を設定し、これを流出計算手法にあてはめて計画高水流量を算出して、計画高水流量の流下を目標として立案されるものである。

〈2〉  河川の重要度は、河川の大きさ、洪水防御計画の対象となる地域の社会的経済的重要性、想定される被害の量や質、過去の災害の履歴等の要素を考慮して定められる。六二年計画策定当時は、右重要度をA級、B級、C級、D級及びE級の五段階の区分に分けて定めており、本件事業計画に係る河川区間のように一級河川における建設大臣の管理区間は、A級又はB級に当たるとされる場合がほとんどである。

そして、当該河川の治水安全度は、例えば重要度がA級であれば、治水安全度は雨量確率二〇〇分の一(極めて長期間の年月を想定して、その間に平均的に二〇〇年に一度の割合で、ある規模を越える雨量が発生する可能性があるという意味である。)を標準とし、重要度がB級であれば治水安全度は雨量確率二〇〇分の一から一〇〇分の一を標準とするというように、その重要度に応じて治水安全度の標準が定められているので、その標準、過去の被害実態、経済効果、当該河川の上下流の治水安全度のバランス、本支川の治水安全度のバランス、全国の他の河川の治水安全度とのバランスを総合的に判断して決定される。

〈3〉  計画降雨量は、降雨継続時間を定めたうえで、右のように定められた治水安全度に応じた雨量確率で確率計算して設定される。

降雨継続時間は、当該河川の流域の大きさ、降雨の特性、洪水流出の形態、河川計画が対象とする施設の種類、過去の資料の得難さ等を考慮して定められる。そして、この降雨継続時間と、治水安全度に応じた雨量確率を基に、過去の最大流域平均日雨量等を資料として、確率計算を行い、計画降雨量を算出する。

〈4〉  右のように設定された計画降雨量は、その流域に降雨する雨の総量であるが、雨の降り方は、時間的、地域的に異なるため、右計画降雨量を、その流域で起きた大規模な洪水の際の降雨の時間的、地域的な降り方(実績降雨波形)に当てはめたうえで、流出計算手法による計算を行い、計画高水流量を算出する。

〈5〉  大河川については、計画高水流量を算出する流出計算手法として、通常、貯留関数法という手法を用いる。この手法は、流域の降雨のうちの一部は、ある程度の時間を経てから河道に流出し、残りは貯留されるとの考えのもとに、貯留量と流出量との間に一義的な関数関係を仮定し、その貯留量を媒介関数として、別紙計算式記載のとおりの基本式を使用して、降雨から流出量を求めるものである。

貯留関数法は、河川の流域を支川ごとに区分し、区分された流域ごとに、右計算式のうちの運動方程式と流域の連続方程式とを組み合わせて、流域の流出量を求めるとともに、河道に貯留量が想定される区間については、右計算式のうちの運動方程式と河道の連続方程式とを組み合わせて、河道流出量を計算し、それぞれの流れの時間差を考慮しつつ、これらの流出量を積み上げて、基準点における流出量を算定するものである。

(3)〈1〉  六二年計画においては、関川水系の重要度を、関川水系の流域面積が一一四三・四平方メートル、流路の長さが六四キロメートルであること、氾濫が想定される区域には、新潟県上越地域における社会、経済、文化の中心となっている上越市街地が含まれていること、昭和四〇年九月、同四四年八月など大洪水が度々発生して大きな水害に見舞われていること等を考慮して、A級と定め、右重要度に応じて治水安全度を一〇〇分の一と定めた。

〈2〉  保倉川の降雨継続時間は、保倉川の流域の大きさ、降雨の特性、洪水流出の形態、河川計画が対象とする施設の種類、過去の資料の得難さ等を考慮して、時間雨量資料の整っている昭和三三年から同四五年までの洪水から、流出量の大きいもの又は大きな被害が発生したものである六回の洪水を選定して検討し、これを一日と決定した。

〈3〉  保倉川の降雨継続時間を一日とし、雨量確率を治水安全度に応じた一〇〇分の一として、昭和五年から同四四年までの各年最大流域平均日雨量を資料として用いて、三通りの計算手法により確率計算した結果、保倉川の計画降雨量は二一二ミリメートルとなった。

〈4〉  右の計画降雨量二一二ミリメートルを、右〈2〉の六回の洪水における実績降雨波形に当てはめ、貯留関数法を用いて、計画高水流量を算定したところ、基準点松本におけるピーク流出量は毎秒一八六八トン(約一九〇〇トン)となった。

(4)  河川管理者が、当該河川に発生した過去の災害のみならず、河川の重要度、計画の対象となる地域の社会的経済的重要性、想定される被害の量や質をも考慮して河川の治水計画を策定することは、河川の総合管理によって、公共の安全の維持と公共の福祉の増進を図ることを目的とする河川法(同法一条)の趣旨に沿うものというべきである。右(2)の計画高水流量の算定方法も、河川の重要度、計画の対象となる地域の社会的経済的重要性等の諸事情を基礎事情として考慮する点で、同様に河川法の趣旨に沿うものということができる。これに加え、この手法は、他の河川について工事実施基本計画を策定する際にも通常用いられているものであるから、科学的根拠に基づく算定方法として合理的なものというべきである。

六二年計画で定められた保倉川の計画高水流量毎秒一九〇〇トンは、右(3)のとおり、このような合理的な算定方法により算出されたものであるから、科学的な根拠に基づく適正な数値であるということができる。

(5)  保倉川の過去の出水最大流量が毎秒七四二トンであることについては、当事者間に争いがないところ、原告は、右計画高水流量を毎秒一九〇〇トンとして設定したのは、過去の出水最大流量に照らして過大であると主張する。

しかしながら、前記のように、河川の治水計画の基準となる計画高水流量の算定にあたり、当該河川の過去の災害のみならず、河川の重要度、計画の対象となる地域の社会的経済的重要性等の要素を考慮することは、河川法の趣旨に沿うものなのであるから、右(2)の方法によって算出された計画高水流量が、過去の出水の最大流量を上回る値になったからといって、右計画高水流量が科学的根拠を欠くとか、過大なものであるとかいうことのできないことは明らかである。

(6)  本件事業認定申請書添付の保倉川出水記録に昭和四〇年九月一八日に発生した洪水及び同四四年八月九日に発生した洪水の出水記録の数値の記録がないことについては、当事者間に争いがない。

原告は、右事実をもって、保倉川の計画高水流量毎秒一九〇〇トンは、右の洪水を考慮しないで設定されたものであるから、過大であり、科学的根拠を欠くと主張する。

しかしながら、〔証拠略〕によれば、本件事業申請書添付の保倉川出水記録に、これらの洪水の記載が欠けているのは、基準点である松本における流量資料がないためであること、右計画高水流量毎秒一九〇〇トンを算定する際の計画降雨継続時間の算定の基礎資料の中に、これらの洪水の時間雨量が含まれていること、また右計画高水流量を算定する確率計算の基礎資料の中に、これらの洪水の平均日雨量が含まれていることが認められ、右事実によれば、保倉川の計画高水流量毎秒一九〇〇トンは、これらの洪水の際のデータをも考慮して算出されたものであるということができるから、原告の右主張は理由がない。

(三)  六二年計画における保倉川本川への計画高水流量の配分量について

原告は、六二年計画において、保倉川本川に配分された計画高水流量毎秒一三〇〇トンは、科学的根拠に基づかない過大なものであると主張するので、この点について判断する。

(1)  建設大臣が、四六年計画において、保倉川の計画高水流量毎秒一九〇〇トンを流下させる方法として、放水路案を採用し、六二年計画においては、これを変更して、保倉川本川に毎秒一三〇〇トンを分派して流下させる放水路・現川拡幅併用案を採用したことは、前記1(二)(1)のとおりである。右事実に、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき〔証拠略〕を総合すると、以下の事実が認められる。

〈1〉 保倉川下流部においては、昭和五六年八月に既往最大の出水による被害が生じた他、同五七年及び同六〇年も洪水による被害を生じ、保倉川について早急に洪水による災害を防止し、治水安全度を向上させる必要が生じていた。

〈2〉 一方、関川の下流部では、昭和五七年及び同六〇年に大規模な洪水が発生し、早急に関川下流部の洪水の安全な流下を図る必要性が生じた。そこで、建設大臣は、昭和五七年九月に関川に発生した洪水を対象とし、同規模の再度の洪水による災害の防止を目的として関川激甚災害対策特別緊急事業を採択して、右事業の実施に最も重点を置くこととし、関川の改修及び引堤工事を行った。

建設大臣は、右の関川激甚災害対策特別緊急事業の実施に重点を置いていたため、保倉川の松本放水路の開削事業には、着手しなかった。

〈3〉 建設大臣は、昭和六〇年一二月一四日、同年七月六日に保倉川に発生した洪水を対象として、同規模の再度の洪水による災害の防止を目的とする保倉川激甚災害対策特別緊急事業を採択し、以後、保倉川の治水に重点を置くようにたった。

〈4〉 建設大臣は、右〈1〉のような保倉川の災害の発生、保倉川下流部沿岸地域が社会的経済的に発展し、重要度を増したこと等の四六年計画策定後の事情の変化により、四六年計画を変更する必要が生じたので、昭和六二年三月、四六年計画において定めた放水路案を変更し、保倉川の計画高水流量毎秒一九〇〇トンを、保倉川本川にも分派し、保倉川本川の拡幅工事を行ってその流下を図るとの内容の六二年計画を策定した。

右変更は、計画高水流量毎秒一九〇〇トンの全量を流下させることができるような大きな規模の放水路は、その開削事業に非常に長い年月を要し、しかも、放水路が完全に通水するまでは事業効果が発揮されないのに対し、放水路・現川拡幅併用案によれば、放水路の掘削工事期間中も、保倉川本川の河道を拡幅して保倉川本川の流下能力を高めることにより、事業効果を発揮することができ、早急に洪水による災害を防止し、治水安全度を向上させるためには、放水路・現川拡幅併用案の方が適していること、四六年計画策定後、保倉川本川沿岸の土地の利用状況が旧日本国有鉄道臨港線が廃線となるなど大幅に変化し、その時点においては、放水路案によるよりも、放水路・現川拡幅併用案による方が、より経済的であると判断されたことによりされたものである。

〈5〉 計画高水流量を放水路と本川に分流する場合の流量配分も、基本的には右(二)(2)の計画高水流量の算定と同様に、本川の重要度に応じて整備の安全度を定め、その安全度に応じ雨量確率で計画降雨量を設定し、これを流出計算手法にあてはめて配分すべき流量を算出するという方法によって行われる。

保倉川の重要度は、前述のように六二年計画においてA級とされ、その治水安全度は、これに応じて雨量確率一〇〇分の一と定められている。しかしながら、大規模な河川の改修工事を行う場合、工事の最初から工事実施基本計画で定められた治水安全度をそのまま直接の目標にすると、工事の規模が大きくなりすぎて、工事に長期間を要することとなり、未改修の部分が事業の完成まで長期間にわたり水害の危険に曝されることになる。そこで、このような危険を回避し、改修が終了する部分と未改修部分との均衡を図るため、一般に、河川改修事業では、工事実施基本計画で定められた目標より低い、暫定的な目標を定め、これを工事の直接の目標(中間整備目標)と設定して、工事を進めていく方法がとられている。

中間的整備目標は、通常、戦後被った幾度かの洪水による被害に鑑みて、今後、同じ規模の洪水が発生した場合には、同じような被害を被ることを避けようとの政策的な判断に基づき、戦後最大洪水に対処する程度に設定される。

関川の戦後最大洪水はおおよそ雨量確率三〇分の一であったので、その中間整備目標は治水安全度確率三〇分の一とされた。また、保倉川の戦後最大洪水は、治水安全度が雨量確率五分の一の規模のものであった。

しかしながら、保倉川の戦後最大洪水の治水安全度確率五分の一は、工事実施基本計画において目標とされる治水安全度確率(確率一〇〇分の一)との差が大きすぎる。このように、工事実施基本計画が目標とする治水安全度確率と大きな隔たりがある戦後最大洪水の治水安全度確率を、そのまま中間整備目標とすると、今度は逆に、実際に行う改修工事の規模が小さくなりすぎて、工事実施基本計画が目標とする規模の改修に繋がらず、工事が無駄になるおそれがある(これを、工事に「手戻り」が生ずると称する。)。また、保倉川の氾濫区域は、その本川である関川の氾濫区域と相当部分重複するので、支川である保倉川の整備目標を低くすると、本川である関川の中間整備目標を治水安全度確率三〇分の一とした意味が失われる結果となる。

本件事業においては、右のような考慮から、保倉川の中間整備目標を、関川と同じ治水安全度確率三〇分の一と定めた。

雨量確率を右三〇分の一として、前記の保倉川の計画高水流量毎秒一九〇〇トンの算定と同様の方法により確率計算すると、保倉川の計画降雨量は一六四ミリとなり、これを前記(二)(2)と同様の手法で流出計算すると、その基準点におけるピーク流出量は毎秒一二七〇トンとなる。

六二年計画における配分量毎秒一三〇〇トンは、右流出計算の結果に基づき、定められたものである。

(2)  右(1)〈1〉ないし〈4〉の事実によれば、昭和六二年計画における放水路案から放水路・現川拡幅併用案への計画内容の変更は、保倉川について早急に治水の安全性を確保するという必要が生じたという事態に即応した合理的なものであったということできる。

また、右(1)〈5〉の事実によれば、六二年計画において定められた保倉川本川の中間整備目標確率三〇分の一は、合理的な根拠に基づいて設定されたものであり、かつ、保倉川本川に対する配分量毎秒一三〇〇トンは、右のように設定された中間整備目標を基に、前記の保倉川の計画高水流量毎秒一九〇〇トンの算定と同様の科学的根拠に基づく手法により算定された流出量(毎秒一二七〇トン)を基準として設定されたものであるから、科学的根拠を有する適正なものであるということができる。

(3)  保倉川の過去の出水最大流量が毎秒七四二トンであることについては、前記のとおり当事者間に争いがないところ、原告は、保倉川本川には、右過去の出水最大流量相当を配分すれば十分であるから、右計画高水流量毎秒一九〇〇トンは、過大であると主張する。

しかしながら、右(二)のとおり、河川の治水計画の基準となる計画高水流量は、当該河川の過去の災害のみならず、河川の重要度、計画の対象となる地域の社会的経済的重要性等の要素を考慮して算定することが、河川法の趣旨に沿うものということができるのであるから、右(2)のとおりの合理的な方法により配分された計画高水流量毎秒一三〇〇トンが、過去の出水の最大流量を上回る値であるからといって、それが、科学的根拠を欠くとか、過大であるとかいうことはできない。

(4)  建設大臣が、六二年計画策定前の昭和六二年三月二日に既に旧国鉄用地を河川施設用地として買収していたことについては被告建設大臣もこれを争わないところである。

原告は、右事実を理由に、右保倉川本川に対する配分量一三〇〇トンは、右買収を正当化する目的でしたものであって、過大なものであると主張する。

しかしながら、工事実施基本計画の策定、あるいは、それに基づく具体的な河川改修事業についての法に基づく事業認定がされる前に、起業者が予め事業用地を任意買収の方法によって取得したとしても、そのことによって、右事業について行われる法に基づく事業認定が違法となるものではないし、建設大臣が旧国鉄用地の買収を正当化する目的で、保倉川本川に対する配分量を過大に設定しなければならないような事情を窺わせる証拠は存在しない。原告代表者は、〔証拠略〕において、これに沿うかのような事実を述べるが、何ら根拠のない憶測に過ぎず、到底採用することはできない。

(四)  以上によれば、保倉川の計画高水流量を毎秒一九〇〇トンと、保倉川本川に対する配分量を毎秒一三〇〇トンと、それぞれ設定したのは、科学的な根拠に基づくもので、そのように設定したことは適正なものということができるから、これによる水流量の流下を図ることを目的とする本件事業には、本件起業地を収用するについての公益上の必要性に欠けるところはないものと認められる。

3  本件処分の対象事業が真実と異なるものであるとの原告の主張について

(一)  昭和六〇年七月に保倉川下流部において発生した洪水が大きな被害を及ぼしたため、建設大臣が、同年一〇月保倉川について再度災害の発生するのを防止する目的で、保倉川の改修工事等を内容とする激特事業を採択したことについては当事者間に争いがない。原告は、右事実を前提として、本件処分の申請(以下「本件申請」という。)及び本件処分は、六二年計画に係る事業を対象としてされているが、真実は右事業とは異なる、激特事業を対象としてされたものであるから、本件申請及びこれに対する本件処分は違法であると主張する。

(二)  しかしながら、本件事業認定書である〔証拠略〕によれば、本件申請は六二年計画に基づく事業についてされるものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は、建設大臣が、激特事業の採択後はそれ以前より頻繁に本件土地の任意買収の申入れをするようになったこと、旧国鉄用地は六二年計画策定以前に建設大臣に売却されていること、激特事業のパンフレットに本件土地が激特事業の改修工事部分の一部として表示されていることは、本件申請が、激特事業を対象とするものであることを示すものであると主張するが、これらの事実があったからといって、直ちに本件申請が激特事業を対象とするものであると認められるものでないことは明らかである。また、原告は、原告に支払われた本件土地の補償金が激特事業の予算から支出されており、これは、本件申請が激特事業を対象としていることによるものであるとも主張し、確かに証人寺澤八州男の証言によれば、本件土地の収用補償金は、激特予算から支出されていることが認められる。しかしながら、例えそのような事実があったとしても、それは、予算の費目の流用によるものである可能性もあり、本件申請が激特事業を対象とすることによるものとは限らない。したがって、原告の右主張は、その主張事実を認めることができないから、これを採用することができない。

4  六二年計画の策定手続について

(一)  原告は、六二年計画が、本件事業の事業用地が建設大臣によってほとんど取得された後になって、一回の審議会の審議を経ただけで可決されているから、あらかじめ審議会の意見を聴いて策定されたものとはいえず、この策定手続には河川法一六条四項に反する違法があるとして主張し、原告代表者本人尋問の結果にはこれに沿う部分がある。

(二)  しかしながら、河川審議会令一条の二第二項は、工事実施基本計画等の事項は、審議会の審議に付される前に、審議会に設けられた計画部会(河川審議会令一条の二第一項)において、調査審議することを定めている。そして、弁論の全趣旨によれば、六二年計画は、昭和六二年三月一七日に開催された計画部会における調査審議を経た後、同月二五日に審議会の審議に付されたことが認められ、右審議の経緯に鑑みれば、六二年計画の内容は、右計画部会における調査審議により、すでに実質的な審議を経ているものと推認される。したがって、六二年計画は、審議会の実質的な審議を経たうえで策定されたものということできる。原告代表者本人尋問の結果のうちこの認定に反する部分は、およそ根拠のない憶測に過ぎず、採用の限りではない。そうすると、右策定手続には、河川法一六条四項に反する違法はないというべきである。

5  以上のとおり、本件処分には、これを取り消さなければならないような違法はないというべきである。

三 本件各裁決の法適合性について

(一)  右二のとおり、本件処分は違法ではないから、本件各裁決にも本件処分を前提としたことによる違法はない。

(二)  右二のとおり、本件処分は、六二年計画に係る事業に対してされたものであるから、本件各裁決の申請に係る事業は告示された事業と同一のものであり、本件権利取得裁決及び明渡裁決には、法四七条一号に反する違法はない。

四 結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 橋詰均 武田美和子)

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